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礼拝堂 埼玉県新座市栄4-6-17![]() ![]() |
これまでの説教要旨 2018年12月 「祈 り」 森 史子 牧師 聖書 ヤコブの手紙 5:13~18 2018年12月30日 降誕後第一主日礼拝 「あなたがたの中で苦しんでいる人は、祈りなさい。」キリスト者 にとって、祈ることは呼吸をするようなものと 言われています。 し かし、ヤコブはここで「祈りなさい」と言っています。 人は苦しみ に遭うと混乱してしまい、神に祈れなくなることがあります。 しかし、自分がどんなに努力しても、頑張っても、常に不安が残 ります。 人は、神からの平安が欲しいのです。日本人の多くは、新年が明けると同時に 神社やお寺に祝福を求めてお参りに行きます。 そして、お札などを買って自宅に飾っています。それらの神は、共 にいない、動かない、語らない、 石や木や金属で作られた像(偶像) だからです。 聖書の神は、生ける神です。苦しみ叫ぶ祈りも、病人のために執り成し祈る祈りも、 また罪を告白する祈りも全て応えて下さいます。 私たちが、神を信頼しきって祈る祈り(信仰に基づく祈り)には、 力があるのです。 「正しい人の祈りは、大きな力があり、効果をもたらします」新しい年は、更に信仰を生かし祝福を信じて祈っていきましょう。 「救い主の誕生」 坂井賢治牧師 聖書 イザヤ書 45:22-25 ルカによる福音書 2:1-20 2018年12月23日 降臨節第四主日礼拝 (降誕祭) ヨセフとマリアは、皇帝の勅令に従ってガリラヤのナザレからユダヤのベツレヘムへ住民登録に出掛けました。マリアは、間もなく子どもが生まれる、という大切な時期で、ヨセフの困窮と重荷は、大変な、誠に厳しいものでした。遂に、み子イエスが誰にも知られず、誕生しました。 人々から律法を守れない、という理由で見下されていた羊飼いに最初に、救い主の誕生が知らされました。羊飼いたちは、ベツレヘムへ行き、み子に出会い、大いに喜び、そして、人々に救い主の誕生を伝えました。 これらの出来事を心に納めたマリアは、思い巡らしたが、しかし、大きな喜びと信仰の確信を得ました。 神様は、人間の罪を赦すためにみ子を十字架に架け、復活させられ、そして、主イエスは、天に帰られました。その時、主イエスは、再び来られることを約束されました。 先ず、私たちは、クリスマスの時に、み子イエスがこの世に来られたのは、私たちを救うためであったことを確かにすることです。そして、マリアの信仰に倣うことです。更に、イエス・キリストを信じる人たちが増し加えられるように祈り、福音宣教に努めることです。「地には平和、み心に適う人にあれ」と言われているように世界の平和を願うことです。 暗闇に閉じ込められているような世界に、救い主イエスの輝きが届けられました。主イエスの父なる神様が正義と力をもって必ずや、この暗闇を打ち破って下さることを信じましょう。 「非のうちどころのない者」 坂井賢治牧師 聖書 ゼファニヤ書 3:14-18 ルカによる福音書 1:5-25 2018年12月16日 降臨節第三主日礼拝 喜びとは何でしょうか。たとえば、イエス・キリストの出来事―誕生から再臨までーは、喜びです。 ルカによる福音書1章5-25節を通して著者は、喜びを告げようとしているのです。具体的には、祭司ザカリアに子どもが与えられる約束です。彼と妻エリザベトは、神様の定めと掟をことごとく守り、非のうちどころのない、まれに見る信仰者でした。しかし、彼らに子どもがいませんでした。 彼は、香をたくという光栄ある務めを担当していた時、天使が、香をたく台の右に立っていて、恐怖に襲われました。天使が、エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい、と告げました。ザカリアは、そのことが信じられませんでした。すると、天使は、神様の力を信じないのであれば、あなたは口が利けなくなる、と言われ、彼は、長い沈黙の時を過ごさなければなりませんでした。 神様は、一人の弱い、貧しく、恥ずかしく思っている女性エリザベトに対して力を発揮され、希望、喜びと楽しみを与えて、その恥じを拭い去って下さるお方でした。 彼女の子は、洗礼者ヨハネとなり、主イエスの出現の先駆けをなす人物になりました。 私たちもこの神様の強い力を信じ、希望を持って私たちの人生を歩みましょう。神様は、独り子イエスを十字架にお架けになってまで私たちの罪を赦し、救って下さるお方です。 神様のみ子イエスがお生まれになった誕生日クリスマスが間もなく来ます。共に心から喜び、祝いましょう。 「希望を持ち続ける」 坂井賢治牧師 聖書 イザヤ書55:1-11 ローマの信徒への手紙15:4-13 2018年12月9日 降誕節第二主日礼拝 一般的に、希望とは、人があることの実現を望み願うことであり、また、将来に、期待すること、明るい見通しを意味します。 しかし、キリスト教では、人間の思いよりも神様との関わりにおいて、希望は考えられ、それは、地上における物質的な幸福への期待ではなく、神の国の完成と人間の救い、復活であり、永遠の命の希望です。 ローマの信徒への手紙15章5節に、「忍耐と慰めの源である神」とあるように、この神様を知ることによって忍耐と慰めが与えられるのです。神様を知るためには、イエス・キリストを知ることが先ず、大事です。忍耐と慰めを学んで、私たちは、希望を持ち続けることが出来るのです。 また、パウロは、イエス・キリストは、十字架の死をもって罪人である私たちを受け入れて下さったのですから、私たちも他の人たちをそのように受け入れてゆかなければなりません、と言っています。 パウロは、私たちに二つの祝福を与えて下さい、と祈っています。第一は、あらゆる喜びと平和で私たちを満たして下さること、第二は、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせて下さることです。 私たちの人生の終点は、終わりではありません。私たちは、救われ、永遠の命が与えられ、神の国にて神様にお会い出来、神様と共に生きることに希望を置き、それをいつも持ち続けています。 今日、神様によって希望が私たちに満たされました。この喜びを持ちつつ主イエスのご降誕クリスマスを共に待ち望みましょう。 「人の子が来る」 坂井賢治牧師 聖書 エレミヤ書33:14~16 ルカによる福音書21;25~36 2018年12月2日 降誕節第二主日礼拝 アドベントは、イエス・キリストのご降誕を待望し、主イエスをお迎えするための準備をする時であり、同時に、再臨のイエス・キリストを待ち望む、という二重の意味があります。人の子とは、イエス・キリストのことです。 ルカによる福音書には、天変地異、海が荒れて、人々が不安に陥り、恐れを覚え、気を失うような状況が起こるが、これは、終わりではなく、人間には試練があり、それと戦いながら、救いを確信し続けることが大事である、と教えられています。そのように確信出来るのは、イエス・キリストの再臨があり、終末があることを信じているからです。 不安や恐れの時代にこそ、キリスト者は、イエス・キリストを救い主と信じ、主イエスを証しし、救いの完成が近づいていることを人々に知らせるのです。 主イエスは、キリスト者が終末に向けてなすべきことを語っておられます。第一に、天変地異など世界に大きな変化が起こるのを見たなら、終末が近づいている、と悟りなさい、と教えています。 第二に、「目を覚ましている」ことです。人の子の来臨、神の国の到来がいつなのか、誰にも分からないからです。 第三に、祈ることです。人の子がいつ来るか分からないので、常に、目を覚まし、注意し、祈りつつ待ち望むことが大切なのです。 大泉ベテル教会の新しい年の歩みの上に神様の豊かなお導きと祝福が注がれますように、また全世界に平和が訪れますように、と心から願っています。 2018年11月の説教 トップへ © 日本キリスト教団 大泉ベテル教会.All Rights Reserved. |